9/ 7誕生日 ~前編~
まいど。OIOI(オイオイとお読みください)です。
台風9号が関東地方に接近している(この原稿は前日の6日に執筆している)。
窓外に目をやれば、通りに植えられた木々が激しく揺れている。
ブログの構想を練るために、原稿を書く前には、必ず階下へタバコを吸いに行くことにしている。
オフィスを出て廊下に出ると、ビルの窓がミシミシと音を立てている。
今日は早めに、帰宅することにしよう。
ということで、ここから先は自宅にて執筆している。
先週のブログでもクイズを出した通り、このブログが掲載される9月7日は、私にとって大切な日である。
そう。
実は何を隠そう、私の誕生日なのである(ちなみに、長淵剛も同じ誕生日である)。
年齢はあえて伏せておくが、年齢の下一桁を四捨五入したら、“不惑”に到達する年齢になったとだけ言っておこう。
この歳になると、誕生日に対する特別な感情はない。
しかしそんな私にとって、忘れられない誕生日がある。
2001年9月。
その月は、人生の中で唯一、私がプー太郎として過ごした1ヶ月である。
前月の20日に長男が産まれたばかりだというのに、プー太郎。
普通であれば考えられないその時期に、プー太郎。
長男の出産のため、妻は実家に帰っていた。
つまり私は、一人でそのプー太郎期間を過ごしたのである。
大学を卒業して長期休暇を取ったことのない私は「久しぶりにゆっくり休めるな」と、無職の自分の身を軽く考えていた節があった。
「とりあえずハローワークにでも行って、失業保険の手続きでも取るべぇ」
と、当時の愛車ベンツ君(車種:ライフ)を飛ばして、朝霞のハローワークへと向かった。
それまでの人生の中で、いわゆる“挫折”という経験を味わったことのなかった私は、ハローワークに押し寄せる人たちを見て、
「就職活動、大変だねぇ」
などと、自分を棚に上げて人事のように周りを見ていた。
前職の私の仕事は、就職情報会社の営業として色々な企業の人事担当者に対して採用活動の提案を行うというものだった。
その経験からか、次の仕事では人事として会社の中から採用活動に携わりたいと漠然と考えていた。
今だから言うが、実は退職する前後に、私は一度タカラレーベンを受験していた。
私が8月末で退職すると知った当時の総務部長(前職の私のお客様)が、そのときタカラレーベンで募集していた求人を紹介してくれたのである。
しかし残念なことに、その仕事は人事とは全く違う部署での仕事であった。
以前にも書いたが、学生時代の私は何でもできると考えながら就職活動をしていた。
前職を退職した頃も、その考えが変わったというわけではない。
しかし、曲がりなりにも6年以上仕事をしてきた私には、畑違いの仕事を一からスタートする気持ちは起きなかった。
厚意はありがたかったが、面接を終えた私は、丁重にその話を断った。
就職活動を行うにあたって、私は某転職サイトに登録をした。
職種・勤務地・給与で絞り込んで就職サイトの求人広告をパラパラと見ていたのであるが、なかなか私の希望に合う企業を見つけることができない。
そんなとき、やっと1社、私の希望条件に合致する企業が見つかったのである。
早速ネットから応募し、面接日程を設定してもらった。
奇しくもその日は、私の29回目の誕生日であった。
「これは運命の企業なのかもしれない!」
そう思いながら私は、面接会場へと向かった。
しかし、この面接で世間の厳しい現実を知らされるとは、そのときの私は想像すらしていなかったのである……。
――――― 次週へ続く ―――――
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投稿者:OIOI|2007年09月07日|コメント(0)|トラックバック(0)|▲
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